組合員が退会するか,組合員を除名できれば,相殺ができます。
脱退しない場合でも,債権者代位権の行使により組合員の減口請求権を行使し,1口を残した残りの口数の出資持分払戻請求権との相殺が出来るとの有力な見解があります。
1,相殺の条件
融資による貸金債権を自動債権,出資持分払戻請求権を受動債権として相殺をするには,持分払戻請求権が具体的に発生していなければなりません。そのためには,借主である組合員が農協を脱退する(農業協同組合法23条1項)か,「出資口数を減少する」(減口と言われます。同法27条1項)必要があります。
2,脱退による出資持分払戻請求権
組合員が組合を脱退すれば,出資持分払戻請求権が発生します。
脱退には,組合員自らの意思で脱退する場合と,組合から除名をして脱退させる場合があります。
3,組合からの借入金を支払わないことで除名が出来るか?
組合員を除名するには,除名理由と総会の議決が必要です(農業協同組合法22条1項3号,2項)。
除名理由は,
①長期間にわたつて組合の施設を利用しない
②出資の払込,経費の支払その他組合に対する義務を怠る
③その他定款で定める行為をする
ですが,本山悌吉著「農業協同組合法」によれば,
①の「長期間」とは,1年間以上の期間をいい,
②の「出資の払込,経費の支払その他組合に対する義務」とは,組合員が組合に対し組合員たる地位に基づいて負う義務のことであり,組合からの借入金,買掛金その他の取引上の債務はこれに含まれない。
③「その他定款で定める行為」の例としては「この組合の事業を妨げる行為をしたとき」や「法令,法令に基づいてする行政庁の処分又はこの組合の定款若しくは規約に違反し,その他故意又は重大な過失によりこの組合の信用を失わせるような行為をしたとき」等で,組合からの借入金の不払いは含まれていない。
と解されていますので,農協からの借入金を返済しないだけでは,除名は出来ず,したがって,貸金債権と持分払戻請求権との相殺は出来ません。
4,しかし,ここで,組合は,民法423条の債権者代位権を行使して,融資の債務者である組合員を代位して,組合員の組合に対する減口請求権(同法27条2項)を行使して,組合員が組合に対して有する出資持分を1口だけ残して残口につき持分払戻請求権を発生させ,その債権を受動債権にして相殺が出来るとの見解があります。その根拠は,生命保険契約や共済契約の解約が,債権者代位権の行使により可能であるとの判例の存在です。
5,生命保険契約の解約権は,一身専属的な権利ではなく,生命保険契約の解約返戻金請求権を差し押さえた債権者は,これを取立てるため,債務者(生命保険契約を結んだ者)の有する解約権を行使することができるとの最高裁平成11年9月9日判決や,債権者による傷害保険契約の解約権の代位行使を認めた東京地裁昭和59年9月17日判決がその根拠です。
6,では,組合は,上記判例の存在を根拠に,組合員の脱退権まで代位行使できないのか(この場合出資持分は全口解約になります),との疑問も生じますが,組合員を脱退までさせるのは行き過ぎなので,そこまでは認められず,1口を残し,組合員としての身分は奪わないで,残りの口数について解約権(減口請求権)の代位行使を認めるというものです。